コラム「『反日種族主義』の歴史認識は日本の右派のうけうりである」

現在、日韓関係は非常に冷え込んでいます。その原因を韓国人の反日感情に求めたり、反日により歪曲されているという韓国人の歴史認識の問題に求めているのが、この『反日種族主義』です。

 

韓国の歴史教科書や学説、新聞記事などが全面的に正しいわけではないのは当たりまえです。しかし、私の見たところ、この『反日種族主義』の示す歴史認識の方がはるかに歪んでいると思います。

 

日本の歴史修正主義の流れをいうと1993年ころ、まず細川首相の「侵略戦争発言」などに反発して、「侵略戦争否定論」が唱えられ、それから96,7年ころから慰安婦問題否定論が活発になって行ったのですが、現在、イヨンフンさんたちが唱えていることは、そうした流れの中から生まれた主張の影響を多分に受けている。

歴史修正主義には、「侵略戦争否定」の他に、「南京大虐殺否定」や「慰安婦問題否定」、「強制動員否定」、「沖縄戦集団自決軍命否定」やら、いくつかのテーマがありますが、いずれも日本軍には責任がない、日本国(大日本帝国)には責任がないという主張であり、あの戦争における大日本帝国の問題を問うことは、日本を貶める事であり、自虐史観であり、東京裁判史観であり、反日だ、というわけです。こうした論理は右派論壇からネトウヨに広くみられるものです。

近年の右派における「反日」という言葉は、朝日新聞にテロ事件を引き起こした【赤報隊】からはじまった日本の民族主義国家主義用語です。この手の思想用語を歴史論説の中で使うのが、右派の論文ですが、『反日種族主義』もまったく同じ構造です。

 

            イ・ウヨンさんのネタ元

イ・ヨンフンさんたちは、こうした人達の言説を吸収している。たとえばイ・ウヨンさんで言えば、モラロジー研究所西岡力さんや日本政策研究センターの岡田邦宏さんの影響が強く見られる

韓国の民族主義を批判しながら、日本の民族主義国粋主義)に影響を受けているという不思議な構図になっています。

また日本会議松木国俊さんたちと一緒に行動し擁護されたりしています。

イウヨンさんの場合、「右派の受け売り」というよりも代弁者という感じです。

 

 

        秦郁彦の影響 「慰安婦はどこにでもいた」論

イヨンフンさんの慰安婦論は、秦郁彦さんの影響が強いようです。例えば、妓生を「軍慰安婦」としていますが(『反日種族主義』p235、6)、これは秦郁彦さんが慰安婦と戦場の性』で、やっていたやり方を踏襲しています。秦さんは、紀元前のソロン以前の神殿淫売の記述を「軍隊用慰安婦」としてしたり(同書p145)、フランスの「移動売春宿」Bordel militaire de campagneを「移動慰安所」と翻したりしている。こうして古代から「慰安婦」「慰安所」はたくさんあったのだと言いたい。これにはどういう利点があるかというと言わば責任の分散です。

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慰安婦」「慰安所」はどこの国でも昔から有ったのだから、日本だけを責めるのは間違っている・・・という理屈になるわけです。

しかし、妓生を「軍慰安婦」という場合の「軍慰安婦」の定義は何ですかね?学術的な定義のつけかたをお願いします。

 

秦郁彦さんの場合、慰安所の定義は「軍専用」ですけど、神殿での売春やフランスの移動売春宿が「軍専用」であることを彼はまず証明する必要があります。

 

 

        慰安所制度は公娼制度の戦地版」という意見

つぎに

慰安所制度は公娼制度の戦地版」という意見も秦郁彦さんやその影響を受けた読売新聞などの主張です。しかしこれは詭弁だと思います。なぜなら、戦前の読売新聞は「公娼制度は奴隷制度」と訴えていたからです。

 

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『読売新聞』1927年2月10日付、朝刊3面「公娼制度なるものは、(中略)事実上の人身売買にして、又一種の奴隷制

 

 

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『読売新聞』1930年12月19日付、朝刊2面

「廃娼運動が全国的ならんとしつつあるのは、(中略)喜ばしき傾向である」「人身売買が公然と」

 

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読売新聞』1931年6月10日付、朝刊2面)

奴隷制度にも類すると『読売新聞』1934年5月18日付、朝刊3面

 

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35年3月16日娼妓は奴隷

 

[戦前の『読売新聞』は「娼妓は奴隷」と廃娼キャンペーンを張っていた]

 

理屈が合わないですよね。公娼制度が奴隷制度で、その公娼制度の戦地版が慰安婦制度であるなら、慰安婦制度も奴隷制度ということになりますよ。

 

それとも読売さん、この記事郡を取り消しますか?80年も前の記事ですけど

 

これは秦さんも同じですよ。

秦さんは『慰安婦と戦場の性』p36-37で「まさに「前借金の名の下に人身売買、奴隷制度、外出の自由、廃業の自由すらない20世紀最大の人道問題」(廊清会(かくせいかい)の内相あて陳述書)にちがいなかった。」と書いています。

 

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まさに「人身売買、奴隷制度に・・・違いない」とすると慰安婦制度も奴隷制度ということになりますね。理屈としてそうでしょ。

  

          挺身隊という言葉

p265から挺身隊と慰安婦の混同について書いています。これも秦さんの『慰安婦と戦場の性』のp366、それから西岡力さんも繰り返しその手の事を書いています。

 

イ・ヨンフンさんは「報道を訂正しろ」とか述べていますが。これについては後で説明します。

         

        慰安婦の人数と民族比率

反日種族主義』p268で慰安婦の人数を「1万8千人」として、「慰安婦たちの民族別構成」も「一般的です」と述べていますが、秦さんの『慰安婦と戦場の性』P397~410のそのままか、少し変形させているだけ。  

 

慰安婦の人数について秦さんの説は矛盾だらけで、約2万人の内2割が朝鮮人だいうのですから、朝鮮人慰安婦は4000人になるのですが、秦さんは(41年8月の)関東軍特種演習での3000人の慰安婦徴集を認めているのです。

 

するとそれだけで4000人の内3000人が埋まってしまう。

それから、「捕虜尋問49」という資料によると第4次船団でビルマなどに行った朝鮮人慰安婦は約700人いますから、それだけで3700人が埋まってしまいます。そるとあの広大な中国大陸やフィリピンやインドネシアラバウルや太平洋の島々にはわずか、300人弱しかいなかったという計算になります。

 

そんな事はあり得ない。

秦さん自身が、p399の票2-9の中国の接客業女性数を提示しており、「半分が慰安婦」と推定していますから、すると中国の朝鮮人慰安婦はこの時点だけで3000人強になるのです。お話になりません。

 

慰安婦たちの民族別構成」について秦さんは、「推定したい」「あえて比率を・・・となろう」としており、自信の無さを伺えます。

 

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それもそのはず、断定するような資料はほとんど無いからです。

 

しかし、イヨンフンさんは「関連資料を読んだこともないのではないかと思います」(p268)なんて威高々に述べていますが、イヨンフンさんの方が秦氏を鵜呑みにするだけで精査しておらず、関係資料を知らないと思います。

 

関係資料 ↓

horikekun.hatenablog.com

          

          慰安婦高額報酬説

 

慰安婦の高額報酬説も述べていますが、これについては 秉直(アン・ビョンジク)さんの「朝鮮人慰安所従業員の日記」の解説やその研究チームの一人である堀和生(京都大学経済学研究科教授)が否定していることも知っておくべきことです。

 

朱益鍾チュ・イクジョンの著作の翻訳もある堀和生(京都大学経済学研究科教授)は、京大東アジアセンターNews Letterで

http://www.kr-jp.net/ronbun/msc_ron/hori-1502.html 京大東アジアセンターNews Letter

 

 

「日々書かれたこの日記には、慰安婦慰安所従業員・経営者の貯金、預金、送金の話が頻繁に出てくる。この件に関して、経済史研究者として若干コメントしておく必要を感じる。というのは、慰安婦の経済的地位について、「将軍以上のより高収入」とか、「陸軍大臣よりも、総理大臣よりも、高収入であった慰安婦のリッチな生活」いう俗説が流布されているからである。」

 

「それが意味するとことはただ一つ、文さんの貯金は日本内地の円貨ではない、ハイパーインフレで価値が暴落しているルピー建ての収入であったということである。それが具体的にどのように彼女の手にはいったのかまではわからない。南方の慰安所は、日本軍の内部経済とハイパーインフレのなかにある軍外の現地経済にまたがって存在していたために、慰安婦達の収入にはこのような名目上の膨張が生じた。このようなハイパーインフレ下の見かけの収入額をもって、秦郁彦氏(2013年06月13日TBSラジオ番組「『慰安婦問題』の論点」)のように慰安婦が「日本兵士の月給の75倍」「軍司令官や総理大臣より高い」収入を得ていたと評価することは、過度な単純化ではなく事実認識としてまったく間違っている。」

 と書いています。

 

秉直(アン・ビョンジク)元教授も「日本軍慰安所管理人の日記」(2013/8)の解題で、慰安婦の高額報酬を否定しています。

 

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ソウル大学の安秉直教授の研究チームが発掘した、「日本軍慰安所管理人の日記」(2013/8)

http://www.naksung.re.kr/xe/index.php?mid=sepdate&document_srl=181713&ckattempt=2

日本軍慰安所管理人の日記.pdf(3.23MB)(6,460)

 

 http://texas-daddy.com/comortwomendiary.pdf